Wellness & Balance

心と身体の調和

自然の音に耳を澄ます|「聴く」ことから始める静かなセルフケア

窓を開けたとき、どんな音が聞こえるでしょうか。

鳥の声。風に揺れる葉の音。遠くを走る車。誰かが歩く足音。雨の日なら、窓や屋根に落ちる雨粒の音が聞こえるかもしれません。

私たちは一日を通して、たくさんの音に囲まれています。

けれど、その一つひとつを意識して「聴く」ことは、意外と少ないものです。

仕事をしながら通知音を聞き、移動しながら音楽や動画を流し、家に帰ればテレビやスマートフォンから音が届く。静かな場所にいるつもりでも、耳には絶えず何かが入ってきます。

そんな毎日の中で、ときどき自然の音へ耳を向けてみる。

何かを考えるためでも、気分を変えようとするためでもありません。

ただ、聞こえてくるものを聴いてみる。

その短い時間が、外側へ向かい続けていた意識を、今いる場所や自分の感覚へ戻すきっかけになることがあります。

鳥の声や雨音、風や水の音。身近にある自然の音と心身の関係を紐解きながら、暮らしの中に小さな「聴く時間」をつくってみましょう。

 

私たちは、思っている以上に音の中で暮らしている

朝の目覚まし時計から、一日の音は始まります。

家電の作動音、電車や車の音、店内のBGM、話し声、スマートフォンの通知音。

どれも現代の暮らしでは珍しいものではありません。

音には、必要な情報を伝える役割があります。誰かに呼ばれれば振り向きますし、車が近づいてくれば、その音から周囲の状況を知ることができます。

一方で、必要な音も、特に意識する必要のない音も絶えず存在する環境では、自分がどれほど多くの音を受け取っているのかに気づきにくくなります。

たとえば、冷蔵庫やエアコンの音。

普段はほとんど意識していなくても、電源が切れた瞬間に「こんなに音がしていたんだ」と気づくことがあります。

音が聞こえたときではなく、なくなったときに、それまでの環境を知る。

耳は、意識している音だけを受け取っているわけではありません。私たちの暮らしの背景には、いつもさまざまな音が流れています。

 

自然の音を聴くと、なぜ心地よく感じるのだろう

川の流れる音を聞いていると、なぜか落ち着く。

鳥の声が聞こえると、少しだけ外へ出たくなる。

雨音を聞きながら過ごす時間が好き。

そんな感覚を持つ人は少なくありません。

自然の音と人の心身の関係については研究も行われています。ある研究では、これまでに行われた自然音と健康に関する研究を整理したところ、自然の音を聴くことが、ストレスや不快感、気分などの指標と関連していることが報告されています。

興味深いのは、どの自然音でもまったく同じ結果になったわけではないことです。

水の音と鳥の声でも、それぞれ異なる指標との関係が見られています。

だからといって、「鳥の声を聞けばストレスがなくなる」「水音を流せば心身が整う」ということではありません。

同じ雨音でも、心地よく感じる人もいれば、落ち着かない人もいます。いつも好きな音なのに、疲れている日には煩わしく感じることもあるでしょう。

一般的に何がよいとされているかだけではなく、実際にその音を聞いたとき、自分がどう感じているか。

自然の音に耳を澄ます時間は、その小さな反応に気づく時間でもあります。

 

「サウンドスケープ」という、音から見る風景

風景というと、目に見える景色を思い浮かべます。

青い空、木々の緑、海や川、街並み。

けれど、場所には目に見える風景だけではなく、「音の風景」もあります。

それを表す言葉の一つが「サウンドスケープ(soundscape)」です。

日本語では「音風景」と表現されることもあります。

少し聞き慣れない言葉ですが、考え方はとても身近なものです。

森を歩けば、鳥や虫の声、葉が擦れる音、枝を踏む音、遠くの水の音などが重なっています。

海辺なら、波、風、海鳥、人の声。

自宅の窓辺にも、その場所だけの音があります。

目を閉じてみると、それまで一つの「静けさ」だと思っていた場所にも、いくつもの音が存在していることに気づきます。

遠くの音。

近くの音。

一定に続く音。

突然現れて、すぐに消えていく音。

いつも見ている場所を、耳から眺め直してみる。

それだけでも、普段とは少し違う世界の受け取り方ができます。

 

自然の音を探しに、遠くへ行かなくてもいい

「自然の音を聴く」と聞くと、森や海、山へ出かけることを想像するかもしれません。

もちろん、自然の中で過ごす時間には、そこでしか出会えない音があります。

けれど、セルフケアのために特別な場所へ出かける必要はありません。

身近なところにも、小さな自然音はあります。

朝、窓の外から聞こえてくる鳥の声。

ベランダの植物を揺らす風。

雨が地面へ落ちる音。

公園の木々がざわめく音。

夕方になると聞こえてくる虫の声。

普段なら背景として通り過ぎている音を、一度だけ意識の前へ出してみます。

音を探そうと頑張らなくても構いません。

少し立ち止まり、「今、何が聞こえているだろう」と耳を澄ませてみるだけです。

最初に車の音しか聞こえなくても、そのままで大丈夫です。

少し耳を向けていると、その奥から別の音が現れてくることがあります。

 

五分だけ、「聴く散歩」をしてみる

いつもの散歩も、耳へ意識を向けると少し違う時間になります。

できそうな日は、イヤホンを外して歩いてみます。

最初に聞こえるのは、車や人の声かもしれません。

それでも構いません。

その奥に、ほかの音がないかを感じてみます。

木の近くでは葉の音がする。

住宅街を抜けると鳥の声が増える。

小さな川へ近づくと、まだ見えていないところから水の音が聞こえてくる。

自分の靴が地面に触れる音もあります。

ここで、自然音だけを選び、人のつくった音を邪魔なものとして排除する必要はありません。

車の音も聞こえる。

風の音も聞こえる。

遠くで誰かが話している。

その中に鳥の声もある。

今いる場所を、良い音と悪い音に分ける前に、そのまま耳で受け取ってみます。

五分ほど歩いたら、それで十分です。

自然を感じられたかどうかを、あとから採点する必要もありません。

 

雨の日は、家の中から耳を澄ませる

外へ出たくない日には、窓辺で雨の音を聞いてみるのもよいでしょう。

雨音は、場所によってずいぶん違います。

窓ガラスに当たる細かな音。

屋根に落ちる少し低い音。

水たまりへ落ちる音。

雨脚が強くなれば音も変わり、弱くなれば、さっきまで隠れていた別の音が戻ってきます。

雨の日を「外へ出られない日」とだけ捉えず、いつもとは違う音に包まれる日として過ごしてみる。

季節や自然を暮らしの中で感じるということは、景色を見ることだけではありません。

季節は、耳からもやってきます。

春になると聞こえてくる鳥の声。

夏の蝉。

秋の夜に響く虫の声。

雪が積もった冬の朝に感じる、いつもとは違う静けさ。

同じ場所に暮らしていても、一年を通して音の風景は少しずつ変わっています。

 

自然音を流すなら、「心地よいか」を確かめる

身近に自然が少ない環境では、録音された自然音を取り入れる方法もあります。

雨音、波の音、森の音、小川のせせらぎ。

動画や音楽配信サービスにも、さまざまな自然音があります。

仕事中に小さく流したり、読書をするときの背景にしたり、夜の照明を落としたあとに聞いたりすることもできます。

ただ、「自然音だからリラックスできるはず」と思い込む必要はありません。

波の音が好きな人もいれば、繰り返される音が気になってしまう人もいます。

雨音を心地よく感じる日もあれば、何も聞きたくない夜もあります。

音量を下げてみる。

別の音へ変えてみる。

今日は何も流さない。

その日の自分に合わせて選んでください。

セルフケアは、心地よいとされているものへ自分を合わせることではありません。

自分が何を心地よいと感じ、何を少し重たく感じるのか。その違いに気づいていくことも、自分を大切に扱うことの一部です。

 

静かになろうとしなくてもいい

「自然の音を聴く時間をつくろう」と考えると、それもまた新しい習慣になってしまうことがあります。

毎朝五分、鳥の声を聴く。

週末には必ず公園へ行く。

眠る前には雨音を流す。

続けていて心地よいなら、それもよいでしょう。

でも、できない日があっても何も問題はありません。

自然の音を聴く目的は、理想的な自分になることではありません。

疲れている日に窓を開けたら、鳥が鳴いていた。

帰り道で、風が木の葉を揺らしていることに気づいた。

眠る前、雨が降り始めたことを音で知った。

そんな瞬間に、ほんの少しだけ耳を向けてみる。

それくらいで十分です。

何かを変えようとせず、今ここにある音を聴いていると、自分がずっと何かを考えていたことに気づくこともあります。

思っていたより疲れていることに気づくかもしれません。

反対に、何も変わらないこともあります。

どれも、そのときに起きていることです。

 

世界は、目を閉じても続いている

私たちは、日々たくさんのものを「見る」ことで暮らしています。

スマートフォンを見る。

文字を読む。

仕事の画面を見る。

誰かの表情を見る。

目から入ってくる情報が多いからこそ、ときどき視線を休ませ、耳へ意識を移してみるのもよいかもしれません。

窓を少し開ける。

イヤホンを外す。

目を閉じる。

そして、今ここにある音をひとつだけ探してみる。

鳥でも、雨でも、風でも構いません。

何も特別な音が見つからなくても大丈夫です。

静けさの中にも、小さな音があります。

それを聴いているうちに、自分の呼吸や、衣服が触れる音に気づくこともあります。

自然とつながるために、いつも遠くまで出かける必要はありません。

世界は、目を閉じても続いています。

今日はほんの少しだけ、その音に耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。

 

参考資料


Proceedings of the National Academy of Sciences「A synthesis of health benefits of natural sounds and their distribution in national parks」 https://doi.org/10.1073/pnas.2013097118

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